なるほどと思ったと同時に何か腑に落ちない。
自分が撮った映画の中で確かに主人公はバカバカしいことをしている。しかしそれは切実な思考の上でやってしまうことで、その後に見えるものが一番描きたい物だった。その後のことが主目的だったのだ。その友人もそれは承知なのだが、彼曰くコメディとは笑いもできて、感動もできるのだそう。実際に彼が例に挙げた作品を見たが、確かに笑えるところはあったし、感動シーンもあったけど、感動することはなかった。自分が感動しなかったのは何故か、そしてなぜ彼は感動したのか。
まず自分の理由から、それは感動させようと言う意図が見えすぎていたからだ。
コメディ映画は、まず笑わせて話を軽快に持たせておいて、最後はちょっと感動できる、というのが定石とされる(たぶん)。その前半部分で笑ったときに、自分の場合、「あ、おれ笑わされた」という感覚がすこしある。この感覚は一度感じてしまうとその映画の間中うっすら頭の中に残り続けて、感動シーンになっても「あ、感動させに来てるな」と思ってしまう。これでは胸をふるわせることはできない。
ではなぜ彼は感動できたのか。自分が思うに、彼はバランスを重視している。
真剣な部分があれば軽く軽快な部分がある、全体で見ると見やすいわりに締まりが良くてすっきりする。そういう陰と陽、赤と青、締まりのいい対比のバランス感覚。そういう感覚をもって、物を見ている。
このバランス感覚は、映画みたいに人に見せるものを作る上で必要な物だとは思う。しかしそんなバランスを取ろうとしている姿は自分には滑稽だし、芯の部分を伝える邪魔をしている。
もっと一番熱い芯を見せてほしい、芯だけを強調して。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
0 件のコメント:
コメントを投稿